花紀行*食べられる花を求めて
 

*アーティチョーク編


アーティチョーク畑 *一体それって何?

 初夏の風が涼やかに吹く週末、長方形に区画整理された緑地公園に沿って、ゆるやかな坂道を車で下っていました。「たしかここら辺だったと思うんだけど…。」と速度を落としながらつぶやく知人の横で、助手席の私は『本当なの?
』と訝りながら心の中で返事をし、すっかり準備のできたカメラを手に、それらしい畑はないかとあたりを探していました。

 「なんだか見たこともない野菜が畑一面に栽培されているんだけど、何かしらね。ボールのように丸くて、色は緑、うろこのようなものがいっぱいついているんだけど。」
 「それってアーティチョークじゃない?東京のスーパーでも時々みかけるけど、輸入されたものばかりだから日本で作ってないんじゃないの?でも、もしアーティチョークじゃなかったら何の野菜なのかしら。」
  「…アーティチョークって?」

 こんな電話のやり取りから、一体それが何であるか確かめるべく愛知県某所にやってきたのです。アーティチョークはヨーロッパやアメリカでは広く知られている食材ですが日本での知名度はまだまだ低く、まして商業ベースで栽培されているとは考えにくかったのです。

 *こうみえても歴史ある食材です。
アーティチョーク アーティチョークの原産は地中海沿岸・北アフリカ。古代から栽培されてきたキク科のハーブで、多くの種類があります。カルドンという野生の大アザミが原種といわれ、最初はセロリのように葉柄を食べていましたが、花も美味しいと気付き、15世紀のイタリアで改良されました。以後欧米で盛んに育てられています。

 つぼみの時の苞片と花托部分が食用になるため、開花前に採取します。調理前の下処理として、蕚の先のとげをキッチン鋏で切り取ります(とげのない種類のものはそのままで大丈夫)。それを大きな鍋で40〜50分ほど茹でれば、出来上がりです。その際、塩、オリーブオイル、ニンニク、赤トウガラシ、白ワインなどを一緒に入れると、こくが出たり、風味がついて美味しいです。灰汁が強く茹で汁は黒くなってしまいますが、おいしさは変わりません。

 *ワイルドに食べる上品な味。
 食べ方は、外側の蕚から一枚ずつはがし、ドレッシングをつけ、根元の肉厚な部分を歯でぎじぎじとしごきながらいただきます。中心部分まできたら、雄しべにあたる繊毛がたくさん現われます。ちくちくして食べられませんから、これはすべて丁寧にナイフで切り取り、下半分だけにします。じょうごのような形のこの一番美味しい部分をいただくことがアーティチョークを楽しむ醍醐味です。メインイベントなのです。(アーティチョークボトム、またはアーティチョークハートといわれます。)

 食べられない部分の多い蕚を一枚はずしてはドレッシングをつけ、根元を歯でしごいて食べ、またしごいては食べてと繰り返してきたのは、すべてここ、アーティチョークハートに辿り着くため。

 労力の割には実りが少ないと心の中でふつふつ沸き上がる不満な思いをくすぶらせながらも、なんとかここまですすめてきたのは、作業の最後に、この至福の時が待ち受けているからなのです。

  一口アーティチョークハートを口に含めば、もどかしい手続きも全て報われ、ここまでの道のりの面 倒臭さも一瞬にしてデリート。脳にインプットされたアーティチョークの味は折にふれ味蕾が思い出し、なかなか手に入らないアーティチョークを求めるようになるのです。

 ナイフやフォークを使わずに両手の指で直接触れて食べることを許されているのも嬉しいじゃありませんか。原始的本能が刺激されます。きれいに積み上げられたおもちゃのブロックを崩していく楽しさに通 じますね。風味はというと、そのワイルドな食べ方に似合わず、ほくほくとしたマメのようなイモのような食感に、大人だけがわかる、奥底からほんのり苦味が漏れ出る感じの上品な味です。

 *古代ローマ人もハマッたおいしさ。
 茹でる他に、蒸す、揚げる、白ワインと煮る、シチューに入れる、リゾットに入れる、パスタと和える、サラダに入れるなど多様な料理法があり、ちょっとした高級素材として用いられています。切ったらすぐにレモン汁を切り口に塗って下さい。茶色に変色するのを防げます。古代ギリシャ・ローマの美食家は他のどの野菜より高価だったにもかかわらず、せっせと輸入しては食べていたそうです。

 小さいものは蕚を全部とり、アーティチョークハートだけを使います。瓶詰めになっているのはこの小さめのものです。オイルやビネガーに漬けられているのでそのままオードブルやサラダに利用できます。

 *江戸時代の日本人もグルメでした。
 アーティチョークの和名はチョウセンアザミ。江戸時代にオランダ人によってもたらされ、朝鮮とは何の関係もありません。しかし名前をつける段になって、多分朝鮮からきたものだろうとあて推量 され、花がアザミに似ていることからそのまま命名されてしまいました。

 当時は観賞用として人気があったようですが、江戸後期の「草木図説」には、花床や蕚片が食べられるという外人の弁が記されていたということですからきっとオランダ人と一緒に仲良く宴会でも開いて舌鼓を打っていたのでしょう。

 *ローカロリーで栄養満点。
 アーティチョークにはシナリン、コーヒー酸、キナ酸が含まれています。これらは血中のコレステロール値と脂肪を下げる、肝臓疾患を予防する、腎臓の代謝機能を強める、という働きがあることが最近の科学的研究でわかっています。また、胆汁の分泌を助けるため糖尿病患者にもよく食されています。その他、便秘に作用するイヌリンも含まれています。不快感がなく穏やかに効くため、慢性の便秘に悩む女性や高齢者におすすめです。
成分表はここをクリック。

 *まだまだ少ない国産品
ロマネスク 「あ、ほら、あそこ。」
 見ると、とがった葉の茂みから、両手のげんこつを合わせた大きさの、松かさを広げたようなものがごろんごろんと青空に突き出ています。ビンゴ!アーティチョーク畑です。このあたりだけ異空間。空の青さがやや足りませんが、地中海の雰囲気が漂っています。背の高いもので1m20cmくらい。こんなに大きく育つものなのですね。

 車を止めてモンシロチョウが案内する方へよってみるとまさに今が収穫時期です。しかも食べたことのない紫色のアーティチョークもありました。蕚にも葉にも鋭いとげがあります。すでにお昼をまわっており、あたりに誰もいなかったので翌朝出直すことにしました。

 次の日、9時に到着すると、数人の男性が、手頃な大きさに成長したアーティチョークを、つぼみの下20cmほどのところからカットしては荷車に積み込んでいました。

責任者の方にお話を伺いました。

ビオレッタ---アーティチョークの栽培は珍しいですね。
 「ええ、そうですね。このあたりでは数件の農家が栽培していると聞きますが、まだ多くはありません。私達は今年で3年目になります。最初はイタリアから種や苗を取り寄せるところから始め、やっとここまでになりました。」

---違う種類のものがあるようですが。
 「はい。緑色のロマネスクと紫色のビオレッタという2種類のアーティチョークを手がけています。ロマネスクは天ぷらやフライに、ビオレッタはそのまま茹でて食べるのが適しているといわれています。茎は外皮を剥けば中からやわらかい芯がでてきますから、そこも食べられるんですよ。」

---まだ日本では数も少なく家庭用としてはなかなか手に入りにくい素材です。
 「 ここで栽培しているアーティチョークも、わずかに地元のスーパーに卸すことがありますが、ほとんどは東京や大阪など都市部のイタリアンやフレンチレストラン向けです。見た目はこんなですけど、食べてみるとどなたにも好かれる美味しい味なので、これから普及していけばいいなあと期待しています。」

---ありがとうございました。

 しばらくして知人から連絡がありました。収穫されずにいたつぼみに、今はきれいな花が畑いっぱいに咲いていると。

text/photo by t.kuki

 

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第1弾:バナナフラワーを読む。
第3弾:
南フランスの香り〜花のアロマ編を読む。

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